お腹の中には肝臓、脾臓、胃、膵臓、腸管、生殖器(卵巣・子宮・潜在精巣)、腎臓、副腎、膀胱、前立腺などの臓器があります。また、臓器以外にもお腹の中を内張する腹膜や、血管、リンパ節、脂肪などの組織があります。
腫瘍はこれらのどこからでも発生する可能性があります。
良性の腫瘍であれば通常進行はゆっくりで、転移することはありません。
逆に悪性のものでは割と進行が早く、他の臓器への転移や隣接する組織に浸潤することがあります。
急激に進行するものでは、腫瘍の表面が破れて腹腔内に腫瘍細胞がばらまかれたり(播種)、急性の出血を起こして命を脅かすこともあります。
どんな腫瘍でも認められうる症状としては食欲不振や元気消失、痩せる、疲れやすいなどがありますが、そのような症状は老化でも認められるため、多くが見過ごされてしまいます。
しかし特徴的な症状がみられれば、それを手掛かりに早期発見につなげることができます。
肝臓や脾臓の腫瘍では、あまり特徴的な症状を示しません。
大きな腫瘍が形成されると、お腹が膨れてきたり貧血を起こしたりすることがあります。中には腫瘍が破裂してショック状態を起こす場合もあります。
胃や小腸、大腸などの消化管にできる腫瘍の場合は、臨床症状として吐き気や嘔吐、下痢、黒色便、血便などがみられます。
膵臓の腫瘍はほとんどが悪性といわれています。
代表的なものはインスリノーマという腫瘍で、特徴的な症状として低血糖を起こし、意識混濁や痙攣などの症状がみられます。
腎臓の腫瘍ではあまり症状が出ないことが多く、腫瘍の種類によっては血尿が認められます。
膀胱にできる腫瘍の場合はもう少しわかりやすく、血尿、頻尿、有痛性排尿、排尿困難など膀胱炎のような症状がみられます。
副腎の腫瘍の場合、飲水量が非常に多くなるという特徴的な症状が出ることがあります。しかし中にはほぼ無症状で、偶発的に発見される場合もあります。
子宮・卵巣の腫瘍では発情頻度の異常や不正出血などがみられます。中には子宮蓄膿症などを併発し、その手術の際に腫瘍が見つかることもあります。
稀ですが、卵巣の顆粒膜細胞腫の場合、骨髄に異常が起こり、白血球の減少から発熱や敗血症をおこしたり、血小板の減少から出血を起こしやすいなどの症状がみられることがあります。
オスの場合、精巣は通常は陰嚢の中に2個あるのですが、精巣が胎生期に腹腔内から陰嚢内に下降せず、潜在精巣といって腹腔内に残ってしまう場合があります。
潜在精巣は腫瘍化する率が高く、腫瘍化すると雌性化変化として乳房が膨らんだり、脱毛や皮膚の萎縮などの皮膚症状がみられることがあります。
前立腺の腫瘍は悪性の場合が多く、血尿や排尿困難、排便困難などの症状を示します。早期に骨盤や背骨に転移し、腰の痛みや歩行障害を起こすこともあります。
その他の主な腹腔内腫瘍には、腹膜から発生する中皮腫や腹腔内にある脂肪から発生する脂肪腫、どんな臓器にも発生しうるリンパ腫、肥満細胞腫などがあります。
腹腔内に腫瘍ができると、腹水が溜まることがあります。
お腹が膨れて、触るとタプンタプンとした波動感が感じられる場合はお腹の中に液体が溜まっているサインです。
心臓病など、他の病気でも腹水が溜まることがありますが、いずれにしても早急に病院を受診しましょう。
検査としてはまず全身の視診、触診、血液検査や尿検査、便検査を行い、全身状態を把握します。
大きく成長した腫瘤はおなかの触診で触れる場合もありますが、初期の小さなしこりは触診ではわからないこともしばしばです。
腹部にしこりが触知されたり、腹水の貯留が疑われる場合、あるいは血液検査異常が見つかった場合には、レントゲン検査や超音波検査を行います。
多くはこの段階で腫瘍の存在が確認されます。
腫瘍がどこから発生しているか、血管に接しているか、血管がどれぐらい入り込んでいるか、手術が可能かどうかなどを調べるために、さらに造影検査やCT検査なども必要な場合がありますが、すべての病院でできるわけではありません。
多くの場合、腫瘍がどんな腫瘍なのかを調べるために、針生検という検査を行います。
これは腫瘍に細い針を刺して細胞を一部とって検査する方法です。
針を刺すことで大量出血が予想される場合などは、針生検をせずに試験開腹に踏み切る場合もあります。
どのように診断・治療を進めていくかはその都度相談が必要になります。
また、腹水が溜まっている場合には細い針で腹水を一部抜いて検査します。
腫瘍の治療方法は外科手術、抗がん剤療法、放射線療法などがあります。
腫瘍の種類や発生部位、進行の程度によって、どの治療が最適かを判断し、治療計画を立てます。
〈外科手術〉
腫瘍が1か所に限局して起こっている場合は外科手術が適応になることがほとんどです。
良性の場合は手術で腫瘍が摘出できれば治療は終了です。
腫瘍から持続的に出血して貧血が起こっている場合は、出血を起こしている腫瘍を取り除く、あるいは出血部位の止血をするために緊急手術が必要になります。
また、消化管の腫瘍で通過障害が起こっている場合は、閉塞を解除するために腫瘍の摘出が必要になります。
腹腔内の腫瘍の中には、巨大化して他の臓器を圧迫し、臓器と臓器の境目がわからないほど密着している場合など、開腹してみないとどこから発生した腫瘍かわからないケースもあります。
そのような場合は試験開腹をして、切除可能かどうか判断します。
〈抗がん剤治療〉
抗がん剤治療は外科手術など他の治療と組み合わせて、あるいは抗がん剤治療単独で行います。
腫瘍の種類によっては、例えばリンパ腫などの場合は、一つの塊の腫瘤を作るというよりは臓器全体や全身に広がる形で増殖することが多いため、ある程度効果が確認されている抗がん剤での治療がメインとなります。
外科手術が適応になった場合でも、悪性腫瘍の場合は再発を防止するために術後に抗がん剤を投与することがあります。
また腫瘍が大きく、全て切除すると内臓機能に大きな障害が起こってしまう場合や、他の臓器に強く癒着を起こしている場合、すでに腫瘍が転移してしまっており、すべての転移巣を切除することができない場合などでは、外科手術と組み合わせて、もしくは抗がん剤単独で治療することもあります。
現在は抗がん剤の他に、「分子標的薬」という腫瘍細胞を特異的に攻撃する薬を使用して腫瘍細胞を減らす治療も増えてきています。
抗がん剤や分子標的薬での治療には副作用もあるため、治療に対する十分な理解が必要です。
〈放射線療法〉
腫瘍の治療としては外科手術や抗がん剤などの化学療法の他に、放射線療法もよく知られています。
しかし、放射線治療は正常な組織に対しても障害を起こすことが知られているため、腹腔内の腫瘍に対してはあまり一般的には使用されません。
膀胱や前立腺、直腸、結腸の腫瘍に対しては治療報告もありますが、近接する臓器に障害が起こるリスクがあります。
また、一般的な診療施設では放射線治療はできませんので、大学病院など、設備の整った診療施設で治療を行う必要があります。
緩和治療とは、根治を目的とした治療が難しいすべてのがん患者に行われる治療です。
臨床症状や痛みの軽減、機能不全の回復などを目的として行いますが、広い意味では支持療法や終末期の治療も含まれ、がん治療の初期から根治療法と併用しても行われます。
緩和療法の方法には外科手術や化学療法、放射線療法が用いられることがあります。
具体的には、痛みをとる目的で行われる断脚手術や、骨転移した部分の痛みをとるために放射線を当てるような治療です。
また、リンパ腫や肥満細胞腫にはステロイド剤が効果的であることは広く知られており、通常は厳密な治療計画の中で抗がん剤とともに用いられるのですが、緩和治療としても用いられます。
緩和療法は苦痛を緩和する目的で行われるものなので、非常に侵襲の大きな外科手術や強い副作用が予想される抗がん剤治療は通常行いません。
支持療法としては、痛み、吐き気や嘔吐などの消化器症状、倦怠感を取り除くとともに、呼吸状態、栄養状態をサポートし、できるだけ自宅で快適に過ごさせてあげる治療が行われます。
・疼痛管理
がんの患者さんは、がんの浸潤や圧迫によって、あるいは治療による痛みなどにさらされています。この痛みをできるだけ軽減させることは、穏やかに生活する上で必須です。
痛みを放置することは生活の質の低下はもちろん、治療に対しても様々な悪影響があります。
免疫力は下がり、傷の治りも悪くなります。循環器や呼吸器にも負担をかけ、消化管の運動も落ち、悪液質を進行させ、結果として生存期間が短くなるといわれています。
また、痛みが長時間持続すると神経の反応を過敏にしてしまい、鎮痛薬への反応を悪くしてしまいます。
これを回避するためには、できるだけ早い段階で取り除いてあげることが重要です。
痛みを取り除く治療には、消炎鎮痛剤や時には麻薬系の痛み止めを使用します。
どんな薬を使うかは獣医師の判断にゆだねられますが、その判断材料は飼い主さんが観察した自宅での様子です。
痛みがあると動きや食欲が低下し、触ったときに痛がる、呼吸が荒い、涎を垂らしているなどの変化が出ます。
ペットの様子をよく観察し、痛み止めを上手に使うことで、できるだけ日常生活に近い穏やかな状態を作り出すことができます。
・消化器症状に対して
消化器症状は、消化管の腫瘍の場合や抗がん剤治療を行う場合には多く見られます。
吐き気がある間は食欲が出ず、食べられないと体力は消耗し、体の抵抗力が落ちていきます。そうなると腫瘍細胞のさらなる増殖を許し、進行を早めることにもつながってしまいます。
吐き気止めは内服薬がありますが、吐き気が強いと薬を飲むことが難しくなってしまいますので、状況に応じて吐き気止めを注射してもらうことも検討しましょう。
食欲が回復しない、水も飲めない、という状況であれば様子を見るのではなく、皮下点滴や静脈点滴などで体調が落ち着くまで管理することも重要です。
入院治療はやむを得ない場合もありますが、慣れない環境で狭いケージに閉じ込められて、点滴のチューブをつながれて過ごす毎日はペットにとって心細く、不安で苦痛で仕方ないと思います。
例えば、日中だけ病院で点滴して夜は自宅に帰る、皮下点滴の方法を指導してもらって、自宅で飼い主さんが皮下点滴をしてあげる、という方法も病状によっては可能です。
できるだけ自宅で過ごさせてあげつつ、体調も整えてあげられる方法を模索してみましょう。
・呼吸管理
胸水や腹水が溜まって呼吸が苦しい場合には、針を刺して水を抜いてあげると楽になり、一過性ですが食欲や活動性が回復します。
肺転移などで呼吸状態があまり良くない場合、在宅酸素療法なども行うことができます。
レンタルのケージと酸素発生機を扱っている業者さんがあるので、呼吸状態の悪化が懸念される場合にはあらかじめ連絡を取れるようにしておくといいでしょう。
・悪液質に対して
がんになると、体内にあるがん細胞が体の栄養を消費し、老廃物を作り出します。
この老廃物が体にたまることで強い倦怠感をおこしたり、普段通り食事をとっていても痩せてしまったり、吐き気や食欲不振につながったりします。
これをがん性悪液質といいます。
老廃物を速やかに排出させるためには、体が脱水している状態を作らないようにし、食事をしっかりとって体の調子を保つ必要があります。
そのために点滴で体調を整えてあげたり、吐き気止めを打ってあげたりすることが効果的です。
また、サプリメントなどで体の調子を整えるお手伝いをしてあげることも一つの方法です。
サプリメントの効果は患者さんによってまちまちですが、食欲が戻った、元気が出た、腫瘍の進行が遅くなったなど、良い変化がでることがあります。
含まれる成分は商品によって違いますが、体の免疫を増強して腫瘍細胞の増殖を抑える、腫瘍が作り出した老廃物の排泄を促進する、腫瘍に栄養を送る血管が新しくできるのを抑える、などといった効果があるものなどがあります。
サプリメントだけで腫瘍をなくすることはできませんが、体調を整える、という観点では効果が期待できます。
腫瘍が見つかった時にはすでにかなり進行してしまっていた、という状況は残念ながらいまだに多くあります。
しかし、根治できなくてもペットのためにしてあげられることはいろいろあります。
できるだけ長く一緒の時間を過ごしてあげることもその一つです。
いつか訪れるお別れの日を思うと悲しい気持ちになってしまうこともあると思いますが、できるだけのことはしてあげられたと思えるように、自分の家族にとって一番いいと思える治療を模索してみましょう。