ペットの歯石除去は自分でやっています、という話を飼い主さんから聞くことがありますが、医学的には実は全くおススメできません。
自宅でする歯石除去は、おそらく市販されているスケーラーという金属の器具を使って、歯の表面をこすっているのだと思います。
中にはトリミングサロンでやってもらったという話も聞きますが、スケーラーで歯をこすると、歯のエナメル質に目には見えない傷を付けていることになるのです。
スケーラーは刃物です。
自宅で歯石を取ろうとして、抵抗したペットの口の中や顔に傷を付けてしまうこともありますし、無理をすればするほど、ペットは口を触られることを嫌がるようにもなります。
さらに、眼に見えている部分の歯石を取ったところで、歯周病予防にはあまり意味がありません。
歯周病は歯周ポケットが形成され、そこで歯周病菌が増殖することによって起こります。
麻酔なしでできる歯石除去は歯の付け根までで、歯周ポケットのケアはできません。
表面的な歯石を取ったからといって、歯周ポケットへの菌の侵入を防ぐことにはつながらないばかりか、歯の表面についた細かな傷には歯垢や歯石がより付着しやすくなり、よほど念入りなデンタルケアをしなければ結果として逆効果になります。
歯石除去は、病院で鎮静をかけた状態で超音波のスケーラーで行ってもらい、終わった後は仕上げにポリッシングといって研磨剤で歯の表面をツルツルに磨いてもらうのがベストです。
自己流で行う歯石除去は、一見歯をきれいにしているようでも、歯周病予防という意味では効果が薄いばかりか歯の表面を傷付ける危険がある、ということを覚えておきましょう。
基本的に、動物病院で行う歯科処置には麻酔が必要です。
麻酔時間は処置内容によって大きく異なりますが、歯石除去だけであれば比較的短時間、抜歯処置が必要になると、本数が増えるごとに麻酔時間は長くなります。
予防的な歯科処置として歯石除去と歯周ポケットのケアをしてもらっただけの場合は、麻酔処置も短時間で済むため、多くは麻酔から醒めたらその日のうちに自宅に帰ることができます。
帰った当日は少しふらついたり、元気がない、咳をするなどといった症状がみられることがあるので、興奮させずに安静に過ごさせ、よく様子を観察しましょう。
食事は当日の夜あるいは翌日の朝から、と指示があるはずですので、まずは水を少量与え、飲み込みに問題がないことを確認してから、食事もやわらかいフードを少しずつ与えていきます。
翌日以降も体調不良が続くようであれば、念のため病院を受診しましょう。
一度歯石を取ったからといって、歯の治療はそれで終わりではありません。
いつも行っているデンタルケア(歯磨きなど)は、歯茎に重大な問題がなければ翌日から行うことができます。
歯周病の予防にはやはり毎日のデンタルケアが必須ですので、歯磨きを継続し、時々病院で歯のチェックをしてもらいましょう。
歯周病の治療では抜歯が必要になることも多々あります。
歯周病によって歯の根元が露出し、グラグラになってしまった歯は抜歯するしかありません。
また、歯根膿瘍を繰り返す歯も抜歯の対象になります。
処置が長時間になった場合や、たくさんの歯を抜歯した場合、高齢で麻酔処置を行った場合などは、1日~数日入院となることがあります。
特に多くの歯を抜歯した場合には、痛みの管理と術創の感染コントロールが重要です。
処置後すぐは口を触られるのを嫌がることが多いため、消炎鎮痛剤や抗生物質を注射で投与する必要があることに加え、高齢動物では麻酔下での歯科処置後に腎不全などを起こす場合もあるので、静脈点滴でしっかりと体調を整えてアフターケアしてあげる必要があります。
抜歯した場合、術後2~3日は元気・食欲不振、腫れ、痛み、出血がみられます。
自宅管理を指示されている場合でも、病院から処方された抗生物質や消炎鎮痛剤をしっかり飲ませ、感染を予防し、痛みをできるだけ軽減してあげましょう。
あまりにも元気がない場合には病院で診てもらう必要があります。
抜歯をした後は、歯茎を吸収糸という溶ける糸で縫合し、抜歯した部分の穴を塞ぎます。
縫合した部分が安定するまでは、食事管理と毎日の歯磨きに少し注意が必要です。
食事は、何本抜歯したかという程度にもよりますが、歯茎が安定するまで数日間は軟らかいフードに変更し、縫合した歯茎に固い物が当たって刺激になることがないようにしてあげましょう。
普段食べているのがドライフードであれば、ふやかしてあげるだけで十分です。
抜歯直後は口の中に違和感や痛みが生じるため、多くの犬猫は手で口をこすってしまいます。
そのような場合は、しばらくエリザベスカラーをつけて口を保護しましょう。
特に上顎犬歯を抜歯して縫合した部分が開いてしまうと、口鼻瘻孔といって口と鼻がつながってしまい、鼻から膿や鼻水が常に出るようになってしまいます。
また、歯周病によって顎の骨が薄くなってしまっている場合、骨折予防のためにエリザベスカラーをつけることもあります。
いずれの場合も、外していいと指示があるまではしっかり保護しましょう。
歯磨きは、獣医師と相談しながら再開する時期を検討します。
抜歯や歯科処置後すぐは歯茎の腫れや傷が落ち着いていないので、歯磨きを無理に始めると縫合部が開いたり、痛みから歯磨きが苦手な子になってしまいます。
痛みや炎症がしっかり落ち着いたことを確認してもらってから再開することが大切です。
それまでは水に溶かして使用するデンタルリンスやデンタルスプレーなどを活用し、歯茎に物理的な刺激を与えないような方法でケアしてあげましょう。
重度の歯周病によって、歯を全部抜かなければいけないというケースもあります。
犬猫にはヒトのような入れ歯はありませんので、歯を抜いてしまったらそのままになります。
歯が全部無くなっても大丈夫なの?と思うかもしれませんが、実際、食事を摂ることにはあまり支障ありません。
もともと犬猫はフードの一粒一粒をしっかり咀嚼して食べるというよりは、数回噛んでほぼ丸のみにしています。
軟らかいタイプのフードを舌で舐めとって食べることができますし、慣れてしまえばドライフードもそのまま食べるようになります。
歯がない分食べこぼしは増えてしまいますが、食べること自体にはあまり支障が出ません。
ただ、硬いオヤツなどをカミカミして噛み応えを楽しみながら食べる、ということはできなくなります。
また、顎の骨も少し萎縮してしまうので、舌が垂れ下がりがちになったり、口の周りが涎で汚れやすくなるという問題も多少起こります。
また、動物でははっきりとした報告はありませんが、人では咀嚼機能の低下が認知機能の低下に影響を与えるという報告があります。
歯がないので、歯磨きなどはしなくて良くなりますが、噛んで食べる楽しみがなくなったり、口の周りが汚れがちになることを回避するためには、健康な歯をできるだけ残してあげたいものです。
歯の健康は全身の健康にもつながる重要な問題です。
ペットの室内飼育が主流になった最近では、飼い主さんのデンタルケアへの意識の高まりも見られ、様々なデンタルケアグッズが販売されるようになってきた一方で、誤った処置やあまり好ましくないデンタルケアグッズがあることも事実です。
できるだけ正しい情報を発信し、それをもとに飼い主さんの意識が正しい方向へさらに高まってくれることを願っています。
かかりつけのお医者さんともこまめにコミュニケーションを取り、心配なことは何でも相談できるような関係を築いていきましょう。